私が小学生6年生の時、母親が、私に英語を勉強するよう、週一回、とあるご近所のお宅に行くように、どのようにしてかわかりませんが、段取りをしてきました。
大きな家のお部屋で、元スチワーデスをされていた大変美人の方から、中学1年生の英語のテキストを使って教えて貰いました。生徒は私を含め3名だったと思います。他の生徒が休んで私だけという日もあり、その時は、なんとも言えないドキドキした時間を過ごしました。
この甲斐あって、中学生になった私は、美人の先生から教わった基礎があったからか、英語だけは成績が良く、その後、高校でも英語だけはそれなりの成績で、その安易な流れから、外国語大学進学を希望することとなります。
さて、話を小学6年生の時に戻しますと、当時、夜7時から”荒野少年イサム”というアニメがTVで放映されていました。アメリカをテーマにしたTV番組などない時代に、西部劇で、かつ、日本人とアメリカンインデアンの間に生まれた少年が主役という、なんとも斬新的な設定に、まだ見ぬアメリカと英語に大いに興味を持ちました。いや、英語だけでなく、まちがいなく、美人の先生に興味があったと思います。

母親は、将来英語が重要になり、何らかの役に立つであろうということで、小学6年生の私に、英語を勉強させたと思うのですが、その結果、私がアメリカで住むことになることまでは、考えていなかったことでしょう。まして、自分の臨終に、アメリカ在住の息子が間に合わないというなんとも残念なことまでは、、、
本日、ヒューストンからエルパソ(西)に向かってルート10号を車で走っていると、なぜか、そんな記憶が蘇ってきました。


